Dizzy My Diary

大阪出身都内在住。

乃木坂46三期生ライブ 5/9

 乃木坂46の三期生ライブが素晴らしかった。18時まで会社にいたため、1曲目の「三番目の風」を見逃してしまったけれども、今回のライブの素晴らしさは、中盤のカップリング曲を披露するパートにこそあった。

 ライブ序盤も楽しかったのけれど、少し物足りなさも感じたのも正直なところ。なんか、めちゃくちゃ可愛い子が歌って踊っているだけのようにも見えてしまった。もちろんそれでも素晴らしいのだけれど、アイドルの魅力ってそれだけじゃないじゃないか。

 そんな考えを吹き飛ばしてくれたのが、中盤のカップリング曲披露編。先輩メンバーが着用していた衣装に身を包み、楽曲を披露していく彼女達。編成も少人数になるので、一人一人にスポットが当たるのもいい。「偶然を言い訳にして」のイントロでは、山下美月がさんポジションをミスしていた。加入したばかりなのに既に完成されてしまったような彼女にはどこか近寄りがたさも感じるだけども、もう参りました。「他の星から」では、久保史緒里さんの手足の長さと、中村麗乃さんのキュートさと太ももにやられてしまった。でか、このライブで完全に麗乃さんのファンになってしまった。不思議系なんてキャッチコピーがつけられているけれども、超ファニー。アイドルであることを楽しんでいるように思えました。

 そして、もちろん忘れてならないのが、ピアノ+アコギ+パーカッションの編成で披露された「悲しみの忘れ方」、「何度目の青空か」、「きっかけ」という名曲メドレー。一人一人の歌声が響いいていくる。丈の長さが揃えられたスカートとユニゾンの歌声に、紛れもなく乃木坂46らしさが感じた。ライブ序盤に感じていた違和感は消えて、普通の少女がアイドル・乃木坂46に変態していく姿を見て、鳥肌すら立ちました。

 バックバンドのメンバーが掃けてると、大園桃子さんがピアノに向かう。聞こえてくるのは「君の名は希望」のイントロ。正直、かなり拙い。泣いてしまっているようで、鼻水をすする音がずっと聞こえてくる。それでも、素晴らしい演奏だったと言えるでしょうよ。そもそも、既に生田絵梨花さんがいるんだから、中途半端に上手な演奏なんていらない。ピアノの拙さをカバーするかのように力強く歌うメンバー。演奏の手が止まってしまうと、手拍子でカバーする客席。会場がまさしく一体になった時間だったとお思う。

 その後は、ただひたすら楽しいアイドルライブ。乃木坂の楽曲・衣装の素晴らしさ、そして未来を感じた一夜でした。

橋本奈々未と「流動体について」

 2017年2月20日に、橋本奈々未さんが乃木坂46を卒業、芸能界を引退した。引退を表明した時も悲しくはあったけれど、あまり驚きはしなかった。

 

 人気メンバーであった彼女の卒業・引退のニュースは大きく報じられた。その際に彼女の家庭の経済的事情に関するところがあまりにもクローズアップされすぎたように思えた。乃木坂46ドキュメンタリー映画「悲しみの忘れ方」でも家庭の事情については語られていた。それは、彼女自身が信頼するスタッフや映画を見ているファンに向けて語った言葉だ。しかし、ワイドショーやネット上で見られる言説には、下衆なものや下手な勘ぐりも少なからずあったように思える。特に、気になったのが彼女自身がアイドル活動をイヤイヤやっていたかのように語られたことだ。経済的事情によりアイドル活動を始めて、人気メンバーとなった若く綺麗な女性が、元々の経済的事情が解決したことで、引退を表明したことは、芸能界や女性アイドルやそのファンに批判的な人間には格好な材料だったのだろう。

 芸能界やアイドル産業に批判的であるのは当人の自由だが、自説のために橋本奈々未さんのイメージが歪められるのはずっと違和感があった。もちろん、彼女自身が芸能界に馴染めないと感じたのも引退の一因ではあるだろう。それは彼女自身がインタビューでも度々語ったことでもあった。でも、芸能界に馴染めなさを感じていても、乃木坂46というアイドルグループやそのメンバー・ファンに対しては大いなる愛情を持っていたように思う。それは、彼女の一つ一つの仕事に対しての真摯な姿勢からも感じられたことだ。特に、卒業・引退を表明した時に語ったメンバーやファンに対する言葉は愛情に満ち溢れたもので、本心からのものだったであろう。

 彼女が実際に乃木坂46での活動にどのような想いを抱いていたかは本人にしか、わからないだろう。彼女のファンは好意的な意見を寄せるだろうし、アイドルに批判的な人間や興味本位の人間は否定的な意見を寄せるだろう。だから、一ファンとして、その想いや卒業・引退するに至った心境を推測していた。そして、橋本奈々未さんが引退した翌日にリリースされた、小沢健二のニューシングル「流動体について」を聴いて、私の中で一つの結論が出た。「彼女は乃木坂46やその活動を愛し続けるためにも、卒業・引退を表明していたのではないか」ということだ。

 

 小沢健二橋本奈々未さんには不思議なシンクロニシティーがある。小沢健二は数々のヒット曲を連発しながらも、1998年にNYに旅立ち、実質的な活動休止状態に入った。それは、人気の絶頂にいながらも、引退する橋本奈々未さんの姿に重ねる。また、引退の際に発売された橋本奈々未さんの写真集「2017」はNYで撮影されたもので、ラストカットはグランド・セントラル駅で姿を消していく橋本奈々未さんのショットだ。

 そんな偶然は別にしても、「流動体について」を繰り返し聴きながら、その歌詞に考えを巡らせていると、上記のような結論が出てきたのである。「流動体について」は「僕らが旅に出てる理由」や「ある光」に連なる楽曲だ。「僕らが旅に出る理由」では、人々の営みや出会いと別れ・その蓄積が歌われている。一方、「ある光」では、今いる場所から離脱することが歌われている。

 



 

 そして、「流動体について」では、「もしも間違いに気づくことができなかったのなら」とはっきりと歌われている。間違いに気づいた彼は東京と芸能界という線路を下りて、NYへと旅立っていた。では、ここで歌われる「間違い」とはなんだろうか。スターとして、数多くのヒット曲を出したことだろうか。いや、それは違うだろう。CD化もされたライブ「我ら、時」でのMCで、彼は日本の大衆音楽の一部でいることに誇りに思うと語っている。では、「間違い」とはなんなのか。それは、芸能界の喧騒の中にい続けることだったのではないだろうか。90年代の小沢健二をリアルタイムで知らない私には、当時の詳しいことは分からない。しかし、もし小沢健二が本当に日本の芸能界や音楽に辟易としていたのなら、今回のような華やかなカムバックはないだろう。長いNYでの滞在や第三世界への旅行を経て、彼はかつての自分自身の活動を見つめ直していたのではないだろうか。また、3度のツアーを経て、自らの楽曲やかつての活動への自信を取り戻したのかもしれない。何かしらの事情があって長年距離を置いていた友人や親族と久々に再開すると、また親交を築けるようになった人も少なくはないだろう。きっと、そんなふうに小沢健二は自らの活動や楽曲を折り合いをつけたのだろう。

 

 話を橋本奈々未さんに戻そう。私は、彼女が小沢健二のように将来芸能界に帰ってくるだろうとかそうすべきだとは思っていない。ただ、きっと彼女も自らの行ってきた活動や時間を共に過ごしたメンバーとのことに折り合いをつけようとしたのだろう。元々、芸能界に違和感を持っていた彼女はこれ以上芸能活動を続けることはできないと判断したのだろう。そして、メンバーやファンに愛情を持つ彼女はその違和感を持ち続けることが嫌だったのではないか。そして、乃木坂46というグループに愛情を持ち続けるためにも、卒業・引退を決意したのだろう。

 彼女は引退の際に「私も幸せの道を歩むから、ファンの皆さんを先へと踏み出してください」ということを何度も述べていた。彼女らしい言葉だと思う。今はただ、彼女のが「流動体について」で歌われたような「宇宙の中でいいことを決意」したのでだと願うばかりである。

 

 

 

 

 

Mr.Children Hall Tour 2016 虹 日本武道館公演 10/7

ミスチルの武道館ライブに行ってきました。なかなかレアなライブだったと思うので、簡単な感想を書きます。セトリのネタバレもありますので、ご注意を。

同期を一切使わずに生音だけで演奏されるととなるとストリングスの音がなくなるんですけど、ミスチルにとってのストリングスは楽曲の強弱の肝で、それが時には大げさになりながらもスタジアムやドームでは大きな説得力を持ちます。しかし、ホールツアーになると、それは不要でひとつひとつの音の重なり合わせが感じられるようになります。それは音響がいいホールツアーならではだけれでも、武道館の音響では必ずしもそこが伝わりきりませんでした。あと、観客の手拍子もほとんどの場面において邪魔でした。それでも、レア曲が多めのセトリは長年のファンにとって嬉しかったし、今のミスチルがいい方向に向かっていることが伝わるライブでした。

 

水上バス」「You make me happy」「クラスメイト」「PIANO MAN」「もっと」「通り雨」「虹の彼方へ」「僕らの音」これらの曲は、ライブで滅多に演奏されることのない曲ばかりで、それだけでも積年のファンにとっては歓喜です。生のホーンとアコーディオンが加わることによって、音が重層的になります。ただ音楽だけが伝わってくるライブはミスチルではなかなかない。普段のスタジアムやドームライブでは、派手な演出も含めて会場を一つにしていくようなパワフルなライブをするけれど、今回は一人一人に向けて演奏しているようでした。

 

「しるし」「足音~Be Strong」では、曲を盛り立てる役割を担っていたストリングスがなくなることで、楽曲のまた別の側面が見えてきました。そして「掌」「ランニングハイ」「PADDLE」「終末のコンフィデンスソング」ロックバンドとしてアイデンティティを見せてくる。また、「 東京」では、「武道館の夜にこの曲を捧げます」というMCから始めることで、このライブを特別な夜にしてしまう。本ライブのハイライトだったように思います。また、桜井さんの弾き語りによる「Over」では、一番を歌い終わった後にMCをした後に、二番を歌いだすという変な構成。人懐こいメロディーに悲しい歌詞を乗せるのをギルバート・オサリバンの「Alone Again(Naturally)」から参考にしたとのこと。そして、アンコールでは「名もなき詩」「tomorrow never knows」という王道曲も魅せる構成。

 

新曲の「おとぎ話」「こころ」「ヒカリノアトリエ」は、一聴しただけではその良さは判断しきれない感じ。どれもメロディーは柔らかくサウンドも優しいものだったんですけど、「おとぎ話」の歌詞の暗さには驚きました。

 

ともあれ、総じていいライブでした。こうやった普段とは違う編成で、異なった側面を魅せれるのがミスチルの強みだと思います。